そして実家へ
父の具合をうかがいに行ってきたのであります。
すると、1カ月ぶりに会った父はすっかり顔が変わってしまっていました。
というか、歳のせいで多少皮膚がたるんできてはいましたが、父は私たち家族のなかで唯一すっきりとした顔をしていたのです。
それがまぶたが腫れて目が半分しかあいておらず、頬の肉がたるんで落ち、たとえがいいかわかりませんがまるでおばあさんのような顔になっていたのです。もっというと、「いけていないもこみち」のような顔になってしまっていたといえばわかりやすいかもしれません。
そんな父の顔をみて、私はすぐに
「こりゃ、すぐ入院しないとダメだろ?」
と思い、椅子に座っているのもやっとといった様子の父の肩越しに母の顔をみやると「そんなことは私たちも何度もいった」とばかりにあきらめ顔で寂しそうに首をふるだけなのでありました。
なもんで、私もなにもいわずになぜそうなっているのかを、あくまでさりげなく、けれども粘り強く本人に聞いてみたものの、「わからない」、「わからない」というだけで、その会話を聞いていた母も、「そんなこと私も聞いたけど“わからない”っていうだけだから聞くだけムダよ」といった面持ちでこちらをみているだけでさっぱり要領をえません。
「でも、病院は行ったんだよね?」
「ええ、行きましたよ」
「なんていわれたの?」
「最初に行った病院は風邪っていわれて風邪薬をもらってきたんだけどちっともよくならないから、今度は総合病院に行ったら、すぐに胃カメラ飲まされて胃に潰瘍ができてるっていわれたの」
「胃に潰瘍ができるとこんな顔になるの?」
「さあ?」
「……さあってどういうこと? じゃあ、なんでこんなに顔が腫れてるのか聞いた?」
「ううん、だって胃潰瘍だっていわれたんだもん」
「………。じゃあ、ほかに変わったところは?」
「夜中になるとエホンエホンて咳きが出る」
「ほかには?」
「うーん、あとは足がパンパンに腫れてる。あなたもみたらきっとびっくりするよ!」
「いや、“びっくりするよ!”じゃなくて、なんでそうなっているのかわからないとどうしようもないでしょ」
「……だって本人が“わからない”っていうんだもん」
「つうかね、これはかなりの重傷だよ?! わかってるの?」
「……だって本人が“平気”だっていうんだもん」
「椅子に座ってるのもやっとの人のどこが平気なの?」
「だって、私がなにいってもきかないんだもん……」
「……まあ、本人がそういいはってるんならボクも意志を尊重するけどね。でも、こんな様子じゃ買い物にも行けないでしょ?」
「うん。でも、お父さんがご飯食べないから冷蔵庫の中が全然減らないの。あなたが来てくれて助かったわ」
「あのね、助かるとか助からないとか、いまはそんな話してませんから」
「あ、そうね」
「とにかく、父ちゃんが自分は平気だっていいはるのはボクもこれ以上なにもいわないけど、なにかしてぶっ倒れたりしたらすぐに救急車呼ぶからね。わかった?」
「……ああ、わかった」
「母ちゃんもなんかあったらすぐに救急車呼んじゃって」
「うん、わかった」
「そうしたら、たぶんそのまま入院になると思うからそのつもりでいて」
「うん、わかった」
「……まったくもう、死にそうだってのになんでそんなにがんばってるのかボクにはさっぱり理解できないよ……ん? どうした?」
「……疲れたから風呂入って寝る」
「あ、そう」
「気をつけて帰れよ」
「ああ、ありがと。ていうか、父ちゃんは自分の心配だけしてくれよ」
「ああ、オレは平気だから……」
「平気じゃないっつーの。現にいま死にかけてるよ」
「……」
「歳をとるっていうのはこういうことなんかな」と思いつつ、もう話す気力もないけれども頑なに入院を拒む父(父は病院が大嫌いなのです)に一応いうだけいって、実家をあとにしたのでありますが、母から「父が入院しました。ありがとう」というメールが来たのは月曜日の夕方のことでありました。